ちょっとネット上をうろうろしていると、左、中、右と分類できそうなサイトやブログにぶち当たる。初めてネットをやり始めた頃と比較すると雲泥の差だ。
そんな中で左っぽいところを読んでみると
ぶっちゃけ、「
貴方、地に足着いてますか?」と言いたくなるようなことを書いている人が多い。
nが少ないので断定は出来ないが。
結論から言って、「自己の世界に閉じこもっているか、自己そのものの存在を認識していない」としか思えないのだ。
一般的に殴られれば痛い。故に殴られないようにするし、殴られた時痛みを最小限に押さえる備えをする。が、左の人は自分が殴られること、いや、殴られていてもそれに気付いていない、もしくは気付かない振りをしているのではないか?と思うのだ。
もしかして危機感ゼロ、痛覚ゼロ?w冗談抜きにそう思えてしまう。
お花畑に住んで、夢や幻想を見て、自分達以外を小馬鹿にして悦にいる、ある意味幸せな人なのではないだろうか?
ちょっと羨ましいぞw
そう言った意味では、江の傭兵とか、野中とか、羽田とか、宮沢とかは中国に事大することで
プライドと懐を満足させているだけの「思想無きゴミ」ではないかと思ったりもする。
逆に右側を見てみると、なるほど極論的無茶苦茶なことをいう人もいる。ただし、現実を見つめ、過去を知り、その中から多くの意見を出して未来を模索している人が大半ではないか、と思う。
右がみんな軍事主義者ではないしなw
こうして考えると左傾化していくと、まず間違いなく営業と言う仕事は出来ないだろうし、QCに携わる仕事もできない。
教職員とか作家とかに左が多い理由が見えた気がするよ。
もしかして生産性ゼロですか……_| ̄|○こうしてみると「インテリバカ」と言う言葉が非常にしっくりくる。どうもネットで発信する立場が、右側が「危機感から」発信するのに対して左側は「自尊心の満足」のための発信ではあるまいか?
右側は「解」は見えないがより良い「解」を目指して道程を歩いているのに対し、左側は確たる「解」はあるが「今」から「解」に繋げられない、「解」を見つけたことで満足しているのではないか?
未来を見つめているのは果たしてどちらなのだろう?<参考>
Meine Sache ~マイネ・ザッヘ~書評日記 パペッティア通信反時代流通信左翼再生工房他
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- 2005/06/18(土) 15:34:03|
- Kの戯言|
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Intelligentsiya)とは、知識階級を指す言葉。なおそのような立場にある個人を知識人ともいう。対比語は大抵の場合において大衆(または民衆
- 2007/07/26(木) 16:40:29 |
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